迎賓館(赤坂離宮)の一般公開があり、見学してきました。
迎賓館は、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、明治42年(1909)に、東宮御所(後に赤坂離宮となる)として建設された、日本における唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築である。
この建物は、戦後、建物、敷地共に皇室から行政に移管され、国会図書館、内閣法制局、東京オリンピック組織委員会などの公的機関に使用されていたが、国際関係が緊密化し、外国の賓客を迎えることが多くなったため、昭和42年(1967)に「旧赤坂離宮」を改修し、国の迎賓施設に充てられた。
開館以来、世界各国の国王、大統領、首相などの国賓、公賓がこの迎賓館に宿泊し、迎賓行事を始めとし、華々しい外交活動の舞台となってきた。
平成18年(2006)から3年間、大規模な改修工事を行い、平成21年(2009)4月から迎賓施設として運用を再開した。そして、同年12月に、本館、正門、主庭噴水池当が国宝に指定された。 |
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正 門 |
本館 正面玄関 |
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西 門 |
本 館 |
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西の間 入口 |
見学コース |
本館内部
見学コース1 彩鸞の間 |
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「彩鸞の間」という名は、左右の大きな鏡の上と、ねずみ色の大理石で造られた暖炉の両側に「鸞」(らん)
と呼ばれる架空の鳥をデザインした金色の浮彫りがあることに由来する。
この部屋は、表敬訪問のために訪れた来客が最初に案内される控えの間として使用されたり、晩餐会の招待客が国・公賓に謁見したり、条約・協定の調印式や国・公賓とのテレビ・インタビュー等に使用されている。 |
見学コース2 花鳥の間 |
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「花鳥の間」という名は、天井に描かれた36枚の絵や、欄間に張られたゴブラン織風綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝に、花や鳥が描かれていることに由来する。
周囲の腰壁は茶褐色のシオジ材で板張りしてあり、その壁の中段を飾るのが七宝である。下絵は日本画家の渡辺省亭が描き、明治期の七宝焼の天才・涛川惣助が焼いたものである。
この部屋は、主に国・公賓主催の公式晩餐会が催される大食堂で、最大約130名の席が設けられる。 |
見学コース3 中央階段・2階大ホール |
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中央階段の床には、イタリア産大理石が張られ、その上に赤いじゅうたんが敷きつめられている。階段の左右の壁面には、フランス産の大理石が鏡張りされている。
中央階段柄お上がった2階大ホール正面の左右の壁面には2枚の大油絵(小磯良平画伯作)が飾られている。
天井の油絵は第七天国という名が付けられており、東京藝術大学の寺田春弌教授が昭和49年(1974)改修時に描いたものである。 |
見学コース4 朝日の間 |
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「朝日の間」という名は、天井に描かれた「朝日を背にして女神が香車を走らせている姿」の絵に由来する。
周囲の16本の円柱はノルウェー産の大理石である。
壁には、京都西陣の金華山織美術織物が張られ、床には、紫色を基調とした47種類の糸を使い分けて桜花を織り出した緞通が敷かれている。
この部屋は、国・公賓用のサロンとして使われ、ここで表敬訪問や首脳会談等が行われている。 |
見学コース5 羽衣の間 |
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「羽衣の間」という名は、謡曲の「羽衣」の景趣を描いた300uの曲面画法による大絵画が、天井に描かれていることに由来する。(フランス人の描いたもの)
3基のシャンデリアはこの館で最も豪華なもので、およそ7,000個もの部品で組み立てられており、高さは約3m、重さは約800kgもある。
正面の中二階はオーケストラ・ボックスがあり、かつて、この部屋が舞踏会場として設計されたことが偲ばれる。
この部屋は、雨天の際に歓迎行事を行ったりレセプションや会議場として使用されており、また、晩餐会の招待客に食前酒や食後主が供されるところでもある。 |
<説明文と本館内部の写真は迎賓館のパンフレットから転載しました。> |
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主庭 噴水 |
主庭 噴水と本館南面外観 |
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本館南面外観 |
中門から正門方面を見る |
迎賓館を見学し、世界の国・公賓をお迎えするに相応しい、素晴らしい宮殿であると、感動しました。毎年、一般公開されているようですので、見学されることをお勧めします。 |
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